大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

旭川地方裁判所 昭和54年(ワ)208号 判決 1980年8月20日

原告 甲野花子

亡早坂浩承継人兼本人被告 早坂祐一

亡早坂浩承継人被告 高濱知子

<ほか二名>

右四名訴訟代理人弁護士 武田庄吉

同 武田英彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は

被告早坂祐一は金一九七万〇、五八四円、同被告及び被告高濱知子は各自金一九七万〇、五八四円、同早坂祐一及び同石井幸子は各自金一九七万〇、五八四円、同早坂祐一及び同早坂和広は各自金一九七万〇、五八四円、並びにこれらにつき本件訴状送達の翌日より右各支払済まで、年五分の割合による各金員を支払え。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告は請求の原因を次のとおり述べた。

一、(事故の発生)

被告早坂祐一は昭和五二年一月一日午後五時五〇分頃普通小型乗用自動車を運転し、旭川市西神楽四号国道二三七号線道路上を、上富良野方面から旭川方面に向けて走行中、道路センターラインを超えて対向車線に侵入して走行したため、訴外大島皓運転の小型貨物自動車に正面衝突し、よって同車に同乗していた原告に対し、顔面挫創、胸背部・顔面各打撲の傷害を負わせた。

二、(責任)

(一)  被告早坂祐一につき

本件事故は同被告が居眠運転をなし、前方注視義務を怠った結果惹起したものであるから、民法七〇九条により、これによって被った原告の損害を賠償すべき責任がある。

(二)  亡早坂浩につき

亡早坂浩は本件事故当時、被告早坂祐一運転の右自動車を保有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故によって被った原告の損害を賠償すべき責任があった者であり、亡早坂浩はその後昭和五五年一月八日死亡したので、相続によりその子らである被告らが法定相続分(各四分の一)に応じ、その権利義務を承継した。

三、(損害)

本件事故により原告は次のとおり損害を被った。

(一)  治療費 金二〇九万八、〇八〇円

原告は本件事故による受傷部の治療のため、訴外進藤病院に昭和五二年一月一日より同年三月一四日まで(七三日)入院し、さらに顔面部形成手術のため同厚生病院に同年八月一八日より同年九月一日まで、同年一一月一八日より同月三〇日まで、同五三年六月二六日より同年七月七日まで(合計四〇日)入院、かつその間及びその後月一回の割合により合計一八日通院治療をなし、合計金二〇九万八、〇八〇円の治療費を要した。

(二)  入院雑費 金四万五、二〇〇円

原告は右入院期間中、右金額の雑費を要した。

(三)  通院交通費 金三、四二〇円

原告は右通院交通費として右金額を要した。

(四)  休業損害 金二五六万八、四三六円

原告は本件事故前、多年に亘り従事していた歯科医の助手として再就職するべく望んでいたが、本件事故による顔面の受傷部の治療及び形成手術のため、前記のとおり長期間反覆入院治療を要し、昭和五三年九月二六日症状固定の認定を受くるまで、稼働し得なかったから、その間右金額の休業損害を被った。

(五)  逸失利益 金五三七万円

原告は右症状固定に至った昭和五三年九月二六日以降も、後遺症として顔面線状瘢痕、眉毛はげの醜状痕の外、左眼開閉不充分の後遺障害(自動車損害賠償保障法施行令別表後遺障害等級第七級)残存し、前記希望の職種が患者の顔面近かくに接する業務であることから、その醜状痕などが気になり、その業務に従事することが精神的に耐え難く、就職し得ない状況にある。原告は本件事故前一〇年余に亘る歯科助手の経験を有し、同職種に再就職した場合、一ヶ月金一三万円の収入を得られた筈であり、これに賃金センサスによる年間賞与を加えた年間収入は金一九九万九、四八〇円(=金一三万円×一二+金四三万九、四八〇円)となる。そして右賃金センサスによる年間収入は金一五一万〇、四八〇円であるから、該平均収入を控除し、残額金四八万九、八〇〇円が年間の逸失利益であり、原告は前記後遺障害が存続する一五年間、右歯科助手の職務に従事し難いものと見るべきであり、該期間ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除した逸失利益の現在額は金五三七万円となる。

(六)  慰藉料 金六七四万六、八〇〇円

原告は本件事故により、前記のとおり長期入通院を余儀なくされ、かつその後も前記のとおり後遺障害残存し、多大な精神的苦痛を被った。

これを慰藉するには金六七四万六、八〇〇円(入通院関係分金二五六万六、八〇〇円、後遺障害分金四一八万円)をもって相当とする。

四、原告は被告らから合計金八八五万六、七〇〇円の支払を受けたので、これを右損害金に内入充当する。

五、よって、原告は右損害合計残金七八八万二、三三六円につき、被告早坂祐一は内金一九七万〇、五八四円、同被告及び被告高濱知子は各自内金一九七万〇、五八四円、同早坂祐一及び同石井幸子は各自内金一九七万〇、五八四円、同早坂祐一及び早坂和広は各自内金一九七万〇、五八四円、並びにこれらにつき本件訴状送達の翌日より右各支払済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告らの抗弁につき

否認する。

と述べた。

被告ら訴訟代理人は請求原因に対する答弁として

一、請求原因一、二各項の事実は認める。

二、(一) 同三項の内(一)ないし(三)の各事実は認める。

(二) 同項(四)の事実は否認する。

原告の休業損害の算定は、家事労働従事者として賃金センサス昭和五二年第一巻第一表による女子労働者の年間収入は金一五二万二、九〇〇円であるから、一日の平均収入は金四、一七二円となり、原告の入院期間一一三日及び、入院日と重ならない通院日数一〇日につき、入院日一日金四、一七二円、通院日その半額に相当する休業損害を被っているものと見るべきであるから、結局その合計額は金四九万二、二九六円をもって原告の休業損害額とすべきである。

(三) 同項(五)の事実は不知ないし否認する。

原告主張の歯科助手就職の点については、単なる希望の程度だけでは、その就職の可能性を肯定し得ない。

原告に残存する顔面の醜状部分は、家事労働は勿論、歯科助手として就職する場合にも、その労働能力を何ら低下させるものではない。

(四) 同項(六)の事実の内慰藉料として金四九九万円の限度で認める。

その余の部分は否認する。

なお入通院分の慰藉料としては金八一万円をもって相当とすべきである。

三、同四項の事実は認める。

四、同五項は争う。

と述べ、抗弁を次のとおり述べた。

本件事故による原告の損害合計額は金五四八万二、二九六円をもって相当金額とすべきところ、前記のとおり原告はこれを超えて金八八五万六、七〇〇円の支払を受けているので、過払の状態にある。

《証拠関係省略》

理由

一、請求原因一、二各項及び同三項(一)ないし(三)の各事実については当事者間に争いがない。

二、《証拠省略》によれば、原告は中学卒業直後頃、即ち一六才頃から約一〇年余札幌市内の歯科医院において、看護婦見習を兼ね、住込手伝いとして稼働し、その歯科医院における業務内容は受付、会計、歯石の除去などの補助的な業務であり、昭和五一年九月退職当時約一〇万円の手取り収入であったものであること、原告はその後間もなく婚姻生活に入り、旭川市内に居住するに至り、家庭内において家事労働に従事し、翌五二年春頃から再度従前従事した同一の職種である、歯科医院の看護婦見習として勤務稼働し得ることを望んでいたことが窺われるが、本件事故発生時点である同年一月一日当時、未だ具体的な求職活動をするまでには至っていなかったこと、そして原告は本件事故後、その受傷部である左顔面部の治療及び整形のため入院(合計一一三日)、通院(実日数一八日)をなし、昭和五三年九月二六日に至り症状固定の診断を受け、左顔面部の線状瘢痕の後遺障害により、自動車損害賠償保障法施行令別表掲記の後遺障害等級第七級第一二号(女子の外貌に著しい醜状を残すもの)に該当する旨の認定を受けたものであること、ところで原告の右後遺障害である左顔面部の線状瘢痕につき、本件事故時の受傷の態様、治療の経過時における状況、及び症状固定の診断直後である、昭和五三年一〇月頃における同部分の写真撮影の状況並びに同五五年五月七日(当審における第七回口頭弁論期日)における、原告本人尋問当時の同部分の状況などに徴し、原告の右線状瘢痕は、必ずしも著しい醜状とまでいい難く、同等級第七級に列挙する他の障害との対比から見ても、原告の該醜状は、同等級第一二級第一四号(女子の外貌に醜状を残すもの)に該当するものとするのも、不当とはいい難い程度であること、そして該後遺障害は家事労働は勿論、歯科医院における前記業務内容程度に従事する場合、他に特段の事情がない限り、その労働能力に影響を及ぼすべき事由となり得ないこと、そして原告は右症状固定後においても、就職希望を有しているものの、該後遺障害が歯科医院における看護婦見習として再就職するのに支障となり、拒絶されるなど原告に不利益となるに至った事実も窺われないこと、そこで原告の本件事故遭遇後、その受傷部の症状固定に至るまで約一年九ヶ月間の休業損害は、原告が主婦として家事一般の労働に従事し得たか否かによって算出するのが相当であり、原告は本件事故当時満二六才の健康な女子であったから、その頃の家事労働の年収相当の評価額は、女子労働者の同年令における平均年収と同程度と見るのが相当であり、昭和五二年産業計企業規模計学歴計女子労働者の二五才から二九才までの平均年収が金一六六万九、七〇〇円であること公知の事実(労働省作成昭和五二年度賃金構造基本統計調査報告)であり、原告のその頃の家事労働の一ヶ月の対価は金一三万九、一四一円(金一六六万九、七〇〇円÷一二、円未満切捨)となり、原告は前記入院期間約三・八ヶ月は家事労働不能であり、右症状固定に至るその余の残期間約一七・一ヶ月の間、一ヶ月一日の割合による通院実日数一八日を考慮し、精々家事労働能力を四割相当減弱していたものとすれば十分であり、仮にそうであるとしてもその間の休業相当の損害金は、合計すると金一五〇万円弱であること、そして右症状固定後は、その後遺障害が前記のとおり労働能力に影響を及ぼすことなく、従って労働能力喪失による逸失利益は存在しないものとして取り扱うのが相当であることが認められ(る。)《証拠判断省略》

ところで、慰藉料の内、後遺障害に関する部分に相当する金四一八万円については当事者間に争いがない。

なお附言すると、原告の後遺障害が前記認定のとおり、前記後遺障害等級第一二級相当と見ても不当とはいい難い程度であることから、右金額は後遺障害に関する慰藉料として、十分首肯し得るものであるといわなければならない。

前顕証拠によれば、慰藉料の内、入通院に関する部分については、金八九万三、〇〇〇円(入院一ヶ月につき金一〇万円、通院中一ヶ月につき金三万円の各割合)をもって相当とすべきであることが認められる。

三、原告が本件事故による損害金の填補として、金八八五万六、七〇〇円を受領した点については当事者間に争いがない。

ところで、原告の本件事故による損害は、前記認定のとおり、合計すると金八七二万円を少々下廻る金額であり、結局受領にかかる右金額に満たないから、原告の本件請求は理由がないものといわねばならない。

四、よって、原告の請求は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 相良甲子彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例